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何故、オリンピックは男女平等にならないのか?

2018/09/06
 
この記事を書いている人 - WRITER -
地方都市在住のニッチ過ぎるセクシャルマイノリティ。身体、メンタル、スピリチュアル系を色々独学してきたことを自分なりに取り纏めて行きます。

毎回、オリンピックの時に思うこと

オリンピックって、男女混合の種目は無い。

男性、女性それぞれの肉体的性別で競技が行われるし、種目も違う。

それが普通だと思う人に、ちょっと考えてもらいたいこと。

毎回本人のあずかり知れない部分で起きる残念なこと

セックスチェックと言う検査。

この検査は、ある意味ドーピング検査以上に残酷で残念な検査だと私は思う。

そして、このセックスチェックによって、

これまで積み上げた努力を「無かったこと」にされてしまうのは、女性がほとんどである。

外見的な性別と染色体の性別

この記事にも書いたのだけど、

性別は、身体と心それぞれにある

いっそのこと、ジェンダーフリーというジャンルを設けてもいい時代なのじゃないかな?とおもうのが

セックスチェックによる、女性選手の参加資格はく奪である。

男性選手では、セックスチェックでの参加資格はく奪は起きない。

なぜか?

それは、染色体異常による半陰陽体質の選手が少なからずいるという現実である。

私たちの肉体は、それぞれに男性的な要素、女性的な要素を

染色体と性ホルモンによって特徴づけられる。

たとえば、

私個人の話で行くと、私は男性ホルモンの分泌がワリと多いほうなので

ヒゲやスネ毛が生まれつき濃い。もちろん、女性としては、であるけれど。

ヒゲについては、まばらにポツンポツンと生えるので

こまめに抜くなり、剃るなりしないと非常に残念な状況になる。

 

体毛って、男性ホルモンの領域で、

毛髪は、女性ホルモンの領域。

 

人間って、8割を視覚からの情報で判断するから

外見で性別を区別しやすいように、

服装の形や髪形、肉体そのものの形状など

人類の歴史は文化の発展と主に、様々な工夫がされている。

 

本人も知らない染色体異常という罠

で、話をもどすけど

 

オリンピック選手になる女性のうち、

陸上競技などの筋肉量や筋肉のバネが重要な種目では

華奢な男性よりも、たくましい筋肉を身に着ける女性選手がいたりする。

もちろん、日々トレーニングをしていると当たり前なのだけれども、

そういう女性選手のうち、染色体がXY、

つまり遺伝子的に男性なのに外見上は女性というケースが起きる。

それも、オリンピック直前になって、

「お前は実は男だから、女性としてオリンピックには参加出来ない」

ってセックスチェックの結果をもとに、バッサリ切り捨てられるのである。

 

それ、いくら何でも酷すぎませんかね?

 

染色体の存在を知るまでは、肉体の性別は外見的特徴でしか判断出来なかったけれど、

医療科学の進化で、長年の努力が本人の意図とはまったくかけ離れた部分で一瞬にしてなかったことにされてしまうのは、

「参加することに意義がある」にちょっと準じていないように思う。

 

ジェンダーフリーな種目

かと言って、じゃあどの種目を男女混合にできるのかというと

格闘技などの肉体接触が多い種目以外は、

わりと全部可能なんじゃないかと思う。

 

そもそも、男女別にするメリットはあるのか?

もし、男女の性別差による運動能力という部分を加味しているのなら

パラリンピックとオリンピックを分ける意味合いも、本来無くなるかもしれない。

 

私は、趣味でロードバイクに乗るのだけど、

初めて参加した出雲路センチュリーライドで

片足一本でスイスイとバイクを乗りこなすベテラン参加者さんを見て、

ただただ尊敬しかできなかった体験がある。

 

女性に負けるのは、恥なのか?

ちょっと語弊があるかもしれないけど、

敢えて書いてみる。

女性のほうがか弱く、男性と同等に扱うなんて雅じゃない。

という部分は、ある意味幻想だと思う。

 

もちろん、筋肉の付き方や体格などの個人差はあるけれど

男性のほうが、痛みに弱かったりするように

女性の強さという部分をずっと見ないように美化してきた背景は少しあるのではないかと思う。

男性のほうが、身体能力が優れていると言う自負。

プライドの部分。

 

それは、確かに男性としての重要なアイデンティティかもしれないけれども、

本当に、相手の能力を尊重しあうスポーツの祭典なのであれば、

男女混合で行う競技があってもよいと思う。

 

少なくとも、TEという、第三の性を表す一人称が英語で発生しているように、

トランスジェンダーのスポーツ競技者もこれから増えていくはず。

 

オリンピックは、戦争の代わりに始まった

ギリシャのポリスと呼ばれる都市国家同士の代理戦争だから、

私がここで書いているような、

スポーツを愛し、スポーツに愛されている人たちだけの祭典ではないのかもしれないけれど、

 

ドーピングや人為的な不正ではなくて、

遺伝子上の理由という、本人には何の責任もない事実ひとつで

ずっとずっとずっとずっとずっと頑張ってきたことを否定されるような現実は

規格外であることを暗に認めないというメッセージみたいで

 

早く、そういうやり場のない挫折を一部の選手に感じさせられるような行為がなくなり、

多くの選手がより平等な状態で、オリンピックへ参加できるシステムに移行していけばよいと思っている。

 

Much Love Always with YOU

にじの青

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